2015-01-03

二本松訓練所入所準備

二本松訓練所に宅急便を出してきた。 訓練中に必要な衣類や本やら。

前回は、4箱も出して¥4,890-もしたが、今回はスーツケース1つだけ。

クロネコは良いね、3辺の合計が120cmを超えててもスーツケースだと120サイズの料金にしてくる。
120cmなんか余裕で超えてる大型のスーツケースだけど、そんなで¥1,304-で済んだ。

二本松訓練所も、駒形訓練所と同様、階段が多いんだろうな。
最近のスーツケースと違って20年来物なので、それ自体の重さも結構あるためか、物凄い重さ、30kg近い。

タイ行く前にそろそろ買った方が良いかな。わりと物持ちが良い方で(捨てられないだけか)。昔のは重い分、丈夫なんだよね。

荷物受取場と部屋もまた離れてるだろうし、あれで階段登ったり降りたりして、最後は4階の部屋(二本松訓練所にあるのか知らんが)とかだったらかなりしんどそう。

でも、前回と違って4往復もしなくて済むから、ましか。スーツケースだから平らなところは引いていけるし。

代わりに持参荷物は65Lのバックパックと大型のデイパック。それと先日作ったギター。
ここから二本松まで乗り換え5回。電化製品がおそらく人より大分多いため、ちょっと(というかかなり)重いけど、まあ何とかなるか。

いよいよ、訓練が始まる。ようやく実感が湧いてきた。
そんなで1/6(火)〜3/16(月)まで、二本松の山に籠ります。

二本松も寒いんだろうな〜

2014-12-19

Steinberger 再塗装&電装換装

途上国にギターを持って行くとなると、盗難や故障の心配から、バスや飛行機での移動の際には、なるべくならギターを預けたりせず手元に置いておきたい。

巷にはトラベルギターなるものが数多く売られているが、ショートスケールやそれよりも更に短い特殊なスケールのものがほとんどである。ギブソンやフェンダー・スケールのものでボディーが小型のものはないかと探していると、省スペースギターの代名詞的存在Steinbergerがあるではないか。


Steinbergerといえば、昔は高嶺の花だった。今も当時のオリジナルのものはそれなりの高値で取引されている。それが今まで、トラベル用ギターとしてのこの存在を気付かせない理由だった。

しかし、Gibsonに買収された現行の最安モデルはというとSteinberger Spiritという名で、韓国製ではあるが4万円ほどで買える。あのSteinbergerがこんな値段で買える時代がこようとは。

もっとも、アラン・ホールズワース大好きSteinbergerファンで、どうしてもあの音が欲しいというわけではない。どちらかというと嫌いな音である。しかもこの無機質でネックまで分厚く塗装されている姿も気に入らない。このギターを購入した理由は省スペースであること以外にない。


幸いなことに、Steinberger Spiritはオリジナルの時代先端的なグラファイトやカーボンの合成素材といったものではなく、コスト削減からか普通のギターと同じように木製である。

だったらいっその事、このギターを再塗装して、ついでに電装もまるごと換装してしまえば自分好みのトラベル(エレキ)ギターが作れるのではないか。


せっかく安く買ったギターなので、ここで業者に頼んではコストが高くなりすぎてしまう。基本的には全て自分一人で行おうとの意気込み。ギターの改造は高校生の時以来である。


制作期間約3ヶ月を費やしてしまったが、ようやく完成した。結果的には、一体型のネックとボディーの木部、トレモロユニット、ピックアップのエスカッション、バックカバー、膝当て、ストラップピン、ジャック以外は、全て新しいパーツに置き換えられた。

作業詳細

塗装剥がし

用意したのはこんな物。何だか木工作業に思えないものばかりだが(笑)
  • アイロン
  • ドライヤー
  • フライ返し(ゴム製ヘラは使わなかった)
  • マスキングテープ
  • 紙ヤスリ
  • 軍手&マスク

第一段階は白い塗装表面の剥がし。作業の基本は、アイロンを塗装部において、2分ほど温めて、木部から塗装が浮き上がってきたなと思ったら、フライ返し(鉄製)でその箇所を剥いでいく感じ。無理してやろうとすると木部を傷つけるので注意。焦らず、ヘラでこれ以上剥がれないと思ったら再度アイロンを当ててやる。ドライヤーも同じ目的でアイロンが使えないような場所に使うらしいが、今回は出番がなかった。このギターは塗装が剥がれづらいようで、ボディーサイズが小さい割には結構な時間を費やすこととなった。

ある程度白い塗装表面が剥がれても、目止め材のようなものが部分的に残っているはず。そしたらここで第二段階、ここからは番手の荒い紙ヤスリを使ってそれらを削ってゆく。自分は#60, #120, #240と番手を上げながら行った。

ヤスリついでに、せっかくスルーネックなので、スルーネックらしいセクシーな形にしてあげる。これでハイポジションがもっと弾きやすくなるはず。

ちょっとわかりづらいがBefore
After
一通り白い塗装や目止め材が見えなくなったところで塗装を剥ぐ作業としては終了。この位荒い番手でのヤスリ掛けは、塗装剥ぐためだけの最小限にした方が良い。

塗装

塗装の前に塗装表面を整える。今回はオイルフィニッシュのため、この作業が最終的な仕上がりに直接影響する。ちなみにこのギターはスルーネックとボディのウィングともにメイプルで出来ているので、ラッカー等で塗装する際も目止めは行わなくても良さそうだ。ヤスリがけは、#400, #600, #800, #1000くらいで終了。

(なお、次回のために)
ネックに関しては、ここまで細かい番手にあえてせずに、仕上げも含めて#800番辺りで終えるとツルツルした感じではなく、サテンのようなサラサラした感じになりそう(未検証)

ここでようやくオイルが登場。今回は表面が硬化して普通の塗装のようになるというXotic Oil Gelを使用。


取説によると、「リント布ではなくきめ細やかな白い布を使用」しろとのこと。意味不明だったので、とりあえずTシャツ1枚を適当な大きさに割いて使うこととした。オイル塗布にはこの切れ端を使い捨てで用いた。また、ネックとボディの 角などには歯ブラシを使った。


一通り薄く塗ったあと、こんな感じで最低でも4時間以上は乾燥させる。これを5, 6回繰り返すと表面が塗装したかのような膜(硬化)ができる。その段階で耐水ペーパーを使って石鹸水研磨。#800, #1200, #1500。ここで失敗。研磨し過ぎて表面の膜が一部剥がれて木が出てきてしまった。やはりXotic Oilとはいえ、オイルフィニッシュである。研磨し過ぎに注意。

再度オイルを塗布をもう4,5回繰り返す(結果的に10回ほど塗っている)。その後同様に、かつ今度は慎重に耐水ペーパーを使って石鹸水研磨。

今度は無事研磨できたので、コンパウンドで最終仕上げ。今回は、ソフト99 99工房 液体コンパウンドトライアルセット[HTRC3] を使用。#3000, #7500, #9800と番手を上げていき光沢が出たところで終了。


電装組み込み



塗装作業と並行して部品集め。ピックアップはアメリカから直輸入。見積依頼してみると、ハム2個、シングル1個+空輸代と、日本で買う正規のハムバッカー1個の価格が同じくらいなので驚き。日本の正規輸入品はどうしてあんなに高いのだろうか。

その他パーツも楽器屋ではなく、秋葉原で調達。コンデンサとかは、一つ30円とか60円程度。これらも楽器用となって楽器店で売られると、10倍以上の価格に跳ね上がるから不思議。


とりあえず配線図を書いてみる。今回はタップスイッチは使わず、フロント+ミドルとリア+ミドルのハーフ時のみハムをタップするだけのシンプルな配線。もっとも、スムーステーパーは組み込む。値はShur純正と同じ。

ボディーが小さいのでポット類は小型のものを使用。予想通りではあるが、ボディーが小さい分コントロールのザグリも小さく、配線の取り回しに苦労したり、ハンダもやりづらかったりで結構苦戦。そもそもハンダ付けなんてするの久しぶりだし。


 ヘッドはダブルボールの弦じゃなくても使えるようにJ Custom 製に変更。こちらも韓国から輸入。

Before
After
その他、パーツも組み込んで、こうして究極のトラベルエレキギター(?)が完成。

Before




換装パーツ一覧

ヘッドピース
J Custom COMBINED HEADPIECE AND STRING ADAPTER FOR STEINBERGER

ピックアップ
ネック John Suhr SSV Neck Black
ミドル John Suhr ML Standard Middle Black
リア John Suhr SSH+ Bridge Black 50mm

ポッド
ボリューム CTS Custom 500K Aカーブ
ミドル CTS Custom 250K Aカーブ

コンデンサ&抵抗
スムーステーパー ムラタ 1kV RoHS (DENR33A681K 680pF)
抵抗 150k (メーカー型番不明)
トーン 東信工業 DC用メタライズド・ポリエステル・フィルム 0.0047μF (2EMMSSDC 473KE)

配線材
Belden #8503 Black and White

2014-08-08

次はタイ

まったくの希望外&予想外の展開にちょっと困惑。


ちなみに第一と第三希望はボリビア。第二がモロッコの要請だった。

まあ、今回がラストチャンスだし行くしかないのだけどね。

前回は第二志望だった。
ちなみに、そちらの記事にこう書いてある。

『今後はラベル「(JOCV:ドミニカ#01)派遣前準備」に。 変なラベルですが後々の事も考えて・・・』

我ながら。。。今回こうして2回目のJOCVで派遣されることをあの当時から予測してたのか(笑)

2013-12-27

JICA WORLD REPORTER #25

JICA ワールドレポーター更新予定記事
帰国


出国前日その1

最後にお世話になったチャイナタウン(中国人街ではなく、そういう名の中華料理屋)に挨拶。ここは自分だけでなく歴代隊員およびJICA関係者が非常に利用していたお店で、何かと融通を利かせてくれていた。外食出来るお店が非常に少ないここロゾー市内において、このお店の存在は、我ら隊員にとって非常に大きかったと思う。

出国前日その2

一番大変で苦手な作業が残っている。それは部屋の片付け。日本のそれと比べ比較的部屋も広く、2年も住んでいると当然に物も多くなるし、歴代隊員が帰る時に残していってくれた物もかなりある。しかも、昨夜のGoing Away Partyのせいで、床もベタベタ。片付けを始める前から早くも現実逃避したくなっているところに強力な助っ人が登場。やっぱ持つべきものは友である。

こびりついた台所の油汚れや洗面所の汚れ、嫌な顔一つせず綺麗にしてくれた。そしておまけに処分に困っていた大量の食材、服やバッグも全て引き取っていってくれた。本当に感謝である。


出国

さすがにカリブ海はなかなか簡単には返してくれなかった。当初予定はサンファン一泊で翌日にニューヨーク乗り換えで翌日羽田到着予定だった。しかし、問題はすでにサンファン到着で起きた。

ここドミニカにはSEABORNEとLIATの2社が乗り入れしている。最近のLIATの遅延問題(常に遅延傾向、その上、先日の任国外旅行では、ストが発生し3日も余計に滞在を強いられた)を避けるため、SEABORNEにしたのだが、それが却って裏目に出た。 同様にLIATを避ける客でチェックインカウンターは大混雑。そして今はクリスマスシーズン。米大学のドミニカキャンパスの学生が大量な荷物と共に帰国するのとちょうど重なってしまった。

SEABORNEの飛行機は1列に3席しかない非常に小さい機種。案の定、サンファンに着いたら預けたスーツケースとバックパックのうち、バックパックがロストしていた。

そして問題はそれだけでは終わらなかった。翌日、チェックインしようとしたら、今度はニューヨーク - 羽田の便がオーバーブッキングで席がないという。一悶着の上、ようやくマイアミで一泊すればダラスを経由して成田に帰れる便があるということで、マイアミに行きもう一泊。お陰で大雪のニューヨークの寒さを味わなくて済んだのは良かったことなのか...

そんなこんなで、予定より1日遅れの12月19日に無事(バッグパックは20日夜遅くにようやく)日本に到着。これにて本ブログは終了かな。2年弱にわたり読んで頂いた方々、ありがとうございました。

JICA WORLD REPORTER #24

JICA ワールドレポーター更新予定記事
Going Away Party


日頃プライベートでお世話になっている人達を招いてGoing Away Partyを行った。今ドミニカに居る日本人ボランティア5人全員が同日に帰国予定なので合同で主催した。場所は我が家。隊員の中では一番広いはずであるが、さすがに各自がお世話になった人達を招いたため家の外にまで人が溢れていた。


余談だが、こちらでは、こうしたパーティーは自分で主催することが多い。例えば、誕生パーティーであれば、日本だとほとんどの場合も祝ってもらえるわけだが、こちらでは自分でパーティーを企画してみんなに来てもらわなければならない。

今回のこのパーティーでも見送られる日本人ボランティアが主催となって、これまでお世話になった人達に来てもらって、ささやかであるが日本食などを振る舞って、お別れとともに今までの感謝を伝えようというものである。


当日顔を出してくれたのは約30名ほど。その国籍もアメリカ、カナダ、チリ、ドミニカ、イギリス、フランス、スペイン、ドミニカそして日本の計9カ国と非常にインターナショナルなパーティーとなった。名残惜しさを払拭するように、この日はみんな夜遅くまで、食べて、呑んで、踊っていった。

JICA WORLD REPORTER #23

JICA ワールドレポーター更新予定記事
表敬訪問


こちらでの仕事の最終日の朝に保健大臣の元に表敬訪問に行ってきた。もっともこの予定が決まったのも前日のクリスマス兼フェアウェルパーティーの最中の深夜。その上、調整員さんにも来て欲しいとの連絡を受けたのは当日の朝で面談の一時間前。何ともその計画性のなさに最後の最後までドミニカらしさを感じてしまった。


時間通りに行ってみれば大臣がくるまで一時間以上待たされ、そして大臣と簡単な面談だからと聞かされていたので、形式的に質問を受けて答えるだけだろうと思っていたら、テレビ局は来ているは、いきなりスピーチをさせられるはで、冷や汗タラタラ。全く準備していなかったので、たいしたことを話せなかった気がする。


最後に、感謝状と記念品を頂き、みんなで記念撮影をして終了。ちなみにこの日の模様はドミニカのオンラインニュースの記事になってますのでよかったらそちらもどうぞ。

Dominica News Online
MOH bids farewell to Japanese volunteer

DA Vibes
Ministry of Health bids farewell to Japanese volunteer

JICA WORLD REPORTER #22

JICA ワールドレポーター更新予定記事
Farewell Party


後数日で帰国のため、職場主催でクリスマスパーティー兼フェアウェルパーティーを開いてくれた。場所は上司の自宅。ここでクリスマスパーティーを行うのは今年で3回目であるが、毎年この大豪邸の凄さには驚かされる。こんなところにもドミニカの貧富の差を感じずにはいられない。日頃からいる食事を作るお手伝いさんの他に、この日はバーテンダーやジャズピアノの奏者などが雇われていた。




今回は、自分の他にチリボランティア4人も年内帰国予定なので合同で行われた。クリスマスパーティーも兼ねているため歌詞カードが配られ、生演奏をバックに全員でクリスマスソングを歌う。


おそらく最後となる地元料理のクレオール。とはいえ、ここのクレオール料理は別格。ホテル等の高級レストランを遥かに凌ぐ。



着任当初、ただでさえよく英語が聞き取れないのに加え、完全なマンパワーの案件なので、人とほとんど話さなくても仕事が完結できてしまうという業務内容に、同僚達と今後仲良くやっていけるのかという不安があった。しかし、そんな不安があったことさえ今では完全に忘れさせてくれている。本当に人に恵まれた環境で仕事ができていたことを痛感している。


2013-12-11

JICA WORLD REPORTER #21

JICA ワールドレポーター更新
WNT全セグメント制覇



以前にワイツクブリ・ナショナル・トレイル(Waitukubuli National Trail)について触れたが、それ以来、なかなか行く機会がなく、というよりはむしろ興味が他に移っていたせいもあり、未達成の2セグメントがずっと残ったままの状態になっていた。

しかし、帰国まで残り僅かとなれば、やはり何としてでも全セグメントを制覇しておきたい。もっとも全セグメント中、一番交通が不便で、トレイルも9時間と長時間な上に難易度も一番厳しいとされるセグメント8を残してしまっている。そのために、一緒に行ってくれる人がなかなか見つからない。

そんなことを周りに愚痴をこぼしていたら、これまで時々参加させてもらっていたローカルのハイクグループが、お前の最後だしということで、今月のハイクにこのセグメント8を設定してくれた。もっとも、このローカルハイクグループでも、このコースは長く厳しいため参加者に体力的な参加制限をかけないといけない、つまりハイクにいつも来てくれているような、余りハード過ぎず、ちょうど良い負荷のハイクが好きな人達が参加できなくなるので、通常は避けているそうだ。いつもであれば30人を超える参加者が、今回はたったの12人だった。みなさんには申し訳ない。

朝6:30集合、帰ってきたのは19:30だった(通常、夕方4時頃までには解散してる)。こんなに長い時間トレイルコースを歩いたのはこっちに来て初めての体験である。



そしてその翌日、これで最後となるセグメント7に行ってきた。疲労回復のため、本当は一週間くらい間を空けて行きたいところだが、もう帰国までに日がない。同じ週末に行くしかなかった。

セグメント全制覇を妨害するかのように天気はずっと土砂降り状態。ここドミニカでのトレイル中、これだけ大雨に降り続けられたのも初めての体験である。防水・防滴加工のウィンドブレーカーでさえもはや機能せず、絞れる状態。前日のハイクで足はかなりの筋肉痛だが、こちらのセグメントの難易度はモデレートのため、前日と比べれば全然楽勝、思っていたより早く完走した。



2年以上かかってしまったが、ワイツクブリ・ナショナル・トレイルの全セグメントをようやく制覇することができた。このワイツクブリ・ナショナル・トレイルのコースは右往左往しながら縦長のドミニカ島を縦断するように設定されている。そういう意味ではこの島を歩き切ったといえる。トレイルについては全く悔いを残すことなく帰国できそうだ。

2013-11-29

JICA WORLD REPORTER #20

JICAワールドレポーター更新。
最終発表



先日、最終発表が行われた。場所はロゾー市内のホテルの会議室。

これまで何度も最終発表を見てきたが、今回のように同時に5人もが発表を行うケースは初めて(5人同時に帰国するため)。そのせいか、聴衆席はいつになく超満員だった。逆に、メディアは少なめでテレビ1社、オンラインニュースサイト1社といったところだろうか。

心配していたというよりは想定内といった方が適切ではあるが開始は30分遅れ、各自の持ち時間は、隊員が10分、その上司が5分となっていたが、自分も含め多くの人がオーバーしたため、終了は予定よりも一時間以上遅くなったが、それも、ここドミニカでは予定通りといったところだろうか。

そして当然のことだが自分にとってこれが初めての最終発表であるだけでなく、会場を使ったちゃんとしたプレゼンをすること自体も、ドミニカに来て以来初めての経験である。現在の活動の業務柄、会議等でスライドを用いた説明を求められることは多々あっても、本格的なプレゼンをする機会は皆無であった。

活動自体も最後の大詰めで追い込まれてる中、プレゼン資料作りや話す内容を考えたりするのは正直なところ結構厳しいものがあった(もっと前からちゃんと準備しておけば良かっただけなのだが)。

面白かったのは、各隊員が行ったプレゼンの様子が、三者三様ならぬ五者五様であったことだろう。誰1人として似ている感じが全くしない。活動内容が違うから内容自体は異なるのは当然として、スライドそのものの作り方であったり、話し方であったり、導入部の惹き付け方だったり、主たる活動以外に取り上げるトピックであったりが全く異なっていて、見ていてこういう方法もあるのかと非常にためになった。



実際には帰国まで、すでに3週間を切っているのだが、まだまだ先のことのように感じていた。しかし、この最終発表が終わった途端、急に帰国が迫っていることに実感が湧いた。

まだ活動上やるべきことも残ってる。最後に行っておきたい場所もある。ワイツクブリ・ナショナル・トレイルも全セグメント制覇したい(以前の投稿参照)。

そして、そろそろ身の周りの整理も始めないと...

最後の最後は、少しゆっくりさせて欲しいというのが本音だが、そうさせてはくれなさそうだ。

ドミニカのオンラインニュース DAVibes に掲載された記事はこちらから。

2013-11-12

JICA WORLD REPORTER #19

JICAワールドレポーター更新。
多国籍軍




 所属部署のヘルス・インフォメーション・ユニット(通称HIU)は、現在15人で構成されている。今は、自分がここに来て以来最大の人数である。そして、15人の構成員のうちボランティアが8名を占めるという、業務の多くをボランティアに依存している。

ボランティアの国籍も、アメリカ、オーストラリア、チリ、地元ドミニカ、そして日本と様々である。今はいないが以前はカナダも入っていた。

また、かなりの頻度で世界銀行やカリブ共同体(CARICOM)から数名がやってきては数週間滞在しプロジェクトを一緒に進めている。

そしてこの部署のもう一つの特徴は、そのメンバーの出張の多さである。
最近、任国外旅行から帰ってきて久しぶりに出社してみれば、1/3が出張中だった。その行き先もバラバラでメキシコ、ブラジル、アメリカ、セントキッツ・ネイビス、セントルシアとのことだった。

そんな環境なので、全員が揃うことはまずない。この写真は、こちらに来て(もう2年半以上も経つが)初で唯一の貴重な集合写真である。

こう見えてもここドミニカではこれが正装で、このチェック柄はクレオールチェックと呼ばれている。クレオール・デーやインディペンデンス・デーといった公式行事の日には、多くの人がこの正装をする。これらの日については以前の記事を参照。



踊りは地元の伝統的なダンスだそうだが、それより、この施設と後ろの機材に注目して欲しい。最近出来たピカピカのこの施設は、ホワイトハウスさながらシチュエーションルーム(状況分析室)と呼ばれ、会議の他にもプレゼンテーションやカンファレンスなど多目的に利用されている。この施設もここHIUの所有物である。テレビ会議システムが備わっており、壁には3台の大型ディスプレイが掛けられていて、同時に世界中の3ヶ所と会議を進めることができる。その他ステージと可動式の大型スクリーン、音響設備、小規模会議用の小型のスクリーンとプロジェクターが常設されている。

現在進めているプロジェクトも最新のオープンソースで行っているし、ほとんどのスタッフが最新のノートパソコンを使用し、最新のハイスペック・サーバーでは、その上に現在10数個のバーチャル・サーバーが稼働している(つまりそれが可能なほどのスペックを持つサーバーを所有している)。現在、準備中であるが近く、このサーバーをもう一台、障害対策のため物理的に隔離した場所に設置し(ロゾーとポーツマス)、それらをクラスタリングする予定である。

発展途上国とはいえ、既にこのレベルである。正直な所、同規模の日本の中小零細企業の方が設備面で劣っている気もしなくはない。そんな環境でボランティアしているのは複雑な心境でもある。


とはいえ、各国援助等で機材等のハード面は充実していても、やはりソフト面は発展途上国である。ソースコードは、全くバージョン管理されていないは、単にデータエントリーするだけのスタッフが、国の重要な(であるはずの)保健統計データをいとも簡単に、まるで自分の作成したワードやエクセルファイルであるかのように、ファイル上書きできるような状況にあるはで、こちらがハラハラして見ていられないシーンも数多く遭遇している。

任期終了まであと1ヶ月 ほど。直近で渡されたタスクもまだ終わりそうにないが、こうしたソフト面・環境面での改善提案も最後にいくつかしたいものが残っている。さてと、ラストスパートしようか...
 
Copyright 2010 toconuts. Powered by Blogger Blogger Templates create by Deluxe Templates. WP by Masterplan